1分で読むOLのはなし

初級OLが500文字(くらい)で書く云々

あの店のはなし

誰かのグラスが空いたら酒を注ぎ、

タバコを吸う人がいたら灰皿を渡す。

 

大人になったら、

そういう動きを呼吸するかのようにできるようになると思っていたが、

なかなかそうはいかないようだ。

 

 

大学に入りたてのとき、

初めてやったバイトは大学近くの小料理屋の店員だった。

もっとも、その店には「ママ」という存在がいて、従業員は女子だけだったので、

スナックと呼んだほうが正しかったのだと今になって思う。

 

私は田舎から出てきたばかりの未成年で酒も飲んだことがなかったが、

「店では20歳ということにする」という条件で採用された。

 

初めてシフトに入ったとき、

「お酒作って」と目の前にJINROの瓶と氷と水を置かれて、

「酒を作る」という行為が分からずポカンとしてしまったことは今も覚えている。

 

酒を作るというのは

常連の顔をみてキープボトルを出し、

割りものの好みを常連ごとに思い出し、

酔い加減に合わせた濃度の水割りやお茶割りを出すという作業を

客との談笑を途切れさせずに行うということだ。

 

私はその一連の行為をうまくできたと思ったことは一度もなかった。

 

 

私の不慣れさを初々しいと取ってくれる常連もいたが、ママは私を使えないと思っていただろう。

 

ああいう店はママが法律であり、ママが秩序を守っている。

ママの王国をつつがなく運営できる、

可愛くて、器用で、頭のいい女の子が求められるのだ。

 

私は結局なじめず半年で辞めてしまったが、

唯一ママの作る料理は好きだった。

 

だし巻き、ナポリタン、串焼き、ロールキャベツ。

特に評判だったモツ煮。

 

ママは仕事のできない者には厳しかったが、

まかないだけは「たくさん食べなさい」と言って出してくれた。

「スナック業」の才能の無さに落ち込みながら食べるモツ煮は胸に沁みた。

今でも時々ふと、あの味を思い出す。

 

 

あの店はきっと今日も、ママと私の知らない女の子たちによって運営されている。

 

 

いまだに酒の席での振る舞いは苦手だが、

いつかもう一度あの店に行きたい、と思う。